術後21日目 在宅先より患者の意識が戻るとの連絡が入る。診察はできず。
………………
術後24日目 女王府より連絡。
(以下白紙)
それから3日間、私室の扉は開かれなかった。
とりあえず差し入れられる食事はちゃんと摂っているらしいと炎の私邸の使用人から聞いた。
「ほんっとに、バカなんだから、……もう………」
3日目になり、3度目の訪問をして、流石に呆れたらしい夢の守護聖がそう言って笑った。
それから、うずくまって、初めて声を出して泣いた。
あのバカたちが出てきたらすぐに連絡ちょうだいねと、涙を拭きながらそう言って笑い、夢の守護聖は帰っていった。
「………灰にならないんだな」
「え?」
「……こうやって、俺の想いをぶつけて、……滅茶苦茶に抱いて、壊れるほど愛したら、お前は……俺に焼かれて、炎を上げて燃えて、……灰になるんだと思ってた。ずっと」
「…………………」
「どうしてお前は……こうやって生きてるんだろう」
「………それは」
「……それは?」
「……私の想いが、あなたと同じくらい強いからではないでしょうか……洪水を起こし、地に溢れ返るほど」
「…………………」
「………あ……」
「……愛してる、リュミエール」
「ええ、愛してますよ……オスカー………」
その日の午後、夢の守護聖の元へ連絡が届いた。
ジュリアス様と女王補佐官様がおいでです、と炎の館の使用人に告げられたのは翌日のことだった。
執務に出る、とリュミエールが主張したのだが、オスカーがリュミエールの体力も考えて、もう1日だけ、と引きとめたのだ。
リビングで寛いでいたときのその知らせに、より強く身を強張らせたのはオスカーの方だった。
「あの……お通ししてよろしいでしょうか」
オスカーはリュミエールの方を見た。今や紛う事なき、優しさを司る水の守護聖に立ち戻ったリュミエールは、オスカーに微笑み、しっかりとした表情で頷き返した。
オスカーは目で使用人に肯定の合図をした。
ジュリアスが部屋に入ってきた。その後ろに女王補佐官の衣装が見える。リュミエールとオスカーは立って出迎えた。
「もう大丈夫なようだな、リュミエール」
叱責を受けると思っていたリュミエールに、ジュリアスのその最初の一言は意外だった。軽く目を丸くする。
その表情が、すぐに和らいだ。
「ありがとうございます、ジュリアス様」
そう言って微笑んだ。
つられて和らいだジュリアスの表情が、ふと引き締められた。
「リュミエール、女王陛下のご意志によりそなたの処分が決定したゆえ、伝えに来た。」
「ジュリアス様、今回の件は俺が――」
言い募ろうとするオスカーをリュミエールが手で制した。
「ご裁可、謹んで、お受けいたします。」
そう言って、リュミエールはゆっくりと、深く頭を垂れた。
「女王――補佐官、殿より、お伝え願う」
ジュリアスの語調が奇妙に歪んだのをいぶかしんで、リュミエールは顔を上げた。
「陛下!?」
隠れるようにしていたジュリアスの背中から顔を覗かせたのは、女王補佐官の衣装に身を包んだ、しかし紛れもない金の髪の愛らしい女王だった。
「えへへ、ロザリアからこの衣装借りてきちゃった♪」
ぺろり、と舌を出す。
「陛下が動かずともと申し上げたのに、聞き届けていただけなかったのだ」
渋い顔のジュリアスがそう言う。
「だってこっちのほうが楽しいじゃない、ね?」
ジュリアスの表情はますます渋くなった。オスカーとリュミエールはただ驚いていることしか出来ない。
「それと―――どうしても、自分の口から言いたかったから。守護聖の処分を決める、なんて、大事なお話だものね」
にこにこと笑いながら、でも真剣な表情の女王。候補生時代そのままの彼女に、リュミエールが微笑んだ。
「陛下、リュミエールは悪くないのです、罰なら俺が―――」
「もちろんそのつもりです、リュミエール、オスカー、今回の件についての決定をお伝えします」
きっぱりとした金の髪の女王の口調に、2人は背筋を伸ばした。
「この件についての一切の公式文書は破棄されます。リュミエール、オスカー、双方ともこれまで通り守護聖の責務を務めること。それから―――お互いがお互いの傍に在り続けること。どちらかがサクリアを失っても、もう一方のサクリアが失われるまで聖地に留まり続けること。以上です」
呆然としたままの2人に。
金の髪の女王は、目を細めて続けた。
「あなたがたの罪は、赦されたのよ」
――ああ、贖罪が――――
震える膝をどうすることも出来ず、リュミエールは顔を覆ってその場に頽れた。
オスカーは何も言えず、ただ震えながら、深く頭を下げることしか出来なかった。
炎の守護聖と水の守護聖が、並んで宮殿を歩く姿が新たな恒例の風景になってきた。
ルヴァに呼ばれた、珍しく守護聖全員が集まりそうな茶会に向かうところだ。
このごろ、日毎に冷たくなる、聖地の緩やかな四季を知らせる風が、リュミエールの青銀の髪をなびかせた。
リュミエールの右を歩くオスカーが、それを眩しそうに見る。
ふと、リュミエールの右耳に、あの日―――森の湖で触れたイヤリングが、ないことに気がついた。
「リュミエール?」
「はい?」
微笑ってオスカーを見上げるリュミエールの左の耳には、確かにあの青いイヤリングがついている。
「お前、こっち側のイヤリングはどうしたんだ?」
そう言って、オスカーはリュミエールの白い耳朶に触れた。
「ああ…………」
リュミエールは、自分の頬に添えられるオスカーの手に、自分の手を重ねて。
オスカーの耳元に、そっと唇を寄せて、小さく、囁いた。
言葉は、風に乗って、空へと流れていった。