満天の星空。
月も無い、絶好の観測日和。
「ようこそ、天体観測会へ。王立研究院の最先端技術の総力を挙げて、皆様を深遠なる星の世界へとご案内いたします」
自然の星明かりと人工の薄明灯の下で三々五々に守護聖たちの集う中、皆の正面に立つエルンストは平然とそう言うが、これを普通の天体観測と呼んだら各星系の天文学会から凄まじい量の異論が押し寄せるだろう。
ごく普通の見た目、ごく普通の大きさの天体望遠鏡も一応ありはするが、広い芝生のあちこちにその他所狭しと並べられているのは、ただの天体観測に用いるとは到底思えない謎めいた見た目の機器ばかりだ。初期の蒸気機関のような武骨な配管だらけのもの、広げられるだけ広げたパラボラに申し訳程度の小さな観測窓が付いているもの、先端が細く窄まった、巨大なドラム缶のようなもの、宙に向けた長い長い長い2本のアームをL字型に接続しているもの。機器の間を縫うようにしてそれらの細部をいちいち見て回っているゼフェルは、うへぇ、とか、馬鹿じゃねーの、とか呟いていて、おそらく通常の天体観測に軽々しく用いるような簡単な技術ではないと機構を理解しての発言であるからして、つまり一種の褒め言葉ではある。
「では早速、これらからご覧ください。」
そう言ってエルンストがまず案内したのは、いくつかの普通の天体望遠鏡だ。
「えー、これ三日月?」
早速そのうちのひとつを覗き込んだマルセルが声を上げる。
「月、出てねぇよ。主星系の内惑星だろ。太陽に向いてる面が満ち欠けして小っせぇ月みたいに見えんの。習ったろ。」
「あ、なるほど」
「こっちは天の川だね。たくさんの星が見えるよ。」
自らが所属する銀河の中心方向は多くの星が集簇し、そう呼ばれる。
「星に棲む人々は、技術の黎明を見るまでの長い間、肉眼のみで、あるいはレンズの機構を見出してからは、筒眼鏡と呼ばれたこともあるこのような天体望遠鏡で、いずれも可視光線のみにより星空を観測しています。月を見れば詳細なクレーターの様子なども見て取れるのですが、何分にも月明かりはあまりに明るく、星の観察に差し支えますから。では次はこちらを」
ぽん、と軽く叩く筒体が、
「ご覧ください。」
千年杉もかくや、という程の太さだ。辛うじて天体望遠鏡とは判る。長さは普通の望遠鏡と大して変わらない。
「隣の通常サイズの天体望遠鏡と同じ星域を観察するように設定してあります。どうぞ比べてみてください。」
「こちらは星が2つほど見えますが、特に変わったことはないように思えますが…」
「わあー!」
細い鏡筒を覗き込むヴィクトールの横で、巨大な鏡筒を覗いたメルがすぐさま歓声を上げた。
「星がいっぱーい! って、渦巻き? これ、星じゃなくてぜんぶ銀河?」
「その通りですよ。手前の2つは近隣の星ですが、その他の、我々から遠く離れた領域、50億光年、あるいは100億光年を超える遥か遠く、通常の解像度の望遠鏡では見て取れない深淵の宇宙には、ご覧のように数え切れない程の銀河が存在しています。深宇宙、と呼ばれます。」
ただ単に太らせただけのような見た目のこっちの望遠鏡は、遙かなる空間と時間を越えて届くあまりに微かすぎる光を極限まで集めるために、そして普通のレンズでは必ず発生する収差の影響を取り除くために、フィルタで分光し液晶に似た機構でレンズ内部の屈折率をリアルタイム制御し、ついでに地上の大気の状態と結像とを測定して揺らぎを補償し、ゼフェル曰くの馬鹿げた先端技術を詰め込んでその美しい像を結んでいる。
「100億光年離れた場所から光が届いたということは、これらの光が100億年の時間をかけてここまで届いたということ。つまり、その姿は今から100億年前の姿ということになります。」
「100億年前かー。ぜんっぜん想像つかねーなー!」
「とても若い頃の宇宙の姿、と思っていただければだいたい合ってます」
呑気に感想を言ったユーイに、エルンストが苦笑しながら応えた。
「近隣の宇宙では、これほど密集し、また活発に活動するこれらのような銀河の数々は見出されません。宇宙の黎明期に多くの銀河が生まれ、互いに干渉し合い、そして時間を掛けて現在のように安定した宇宙を形成したことを、深宇宙の像は教えてくれるのです。」
思いを馳せるように天頂を見上げ掛けたエルンストの背後から、どかっ、と別の人影が突撃した。
「さささ、次いこーヨ、次! 私たちのご自慢の観測機器はまだまだあるんだからサ!」
いつでも突き抜けて陽気な新宇宙の補佐官殿。エルンストは虚を突かれてから、気を取り直し、ずり落ちた眼鏡を片手の指で元に戻した。
「さて、これまで見ていただいたものは全て可視光線、すなわち私たちの目が感じ取れるのと同じ範囲の波長の電磁波による観測でした。しかし宇宙が発するシグナルはそれだけではありません。人々が技術を得てゆくと、単に目に見えるものだけに留まらない、それ以外の手段で宇宙を捉えることが可能になってきます。」
こちらをどうぞ、とエルンストに勧められ、巨大なパラボラに付属する観察窓をティムカが覗き込んだ。
「…空全体が、淡いグラデーションでほんのり光っているように見えますね。ひょっとして、宇宙背景放射ですか?」
「さすが、よくご存知で。」
「ああ、知ってるよ! メートル、じゃなくて、ええと、キロ、じゃない、なんだっけ」
「マイクロ波」
「そうそう、それそれ!」
セイランから幾分か冷ややかな突っ込みが入っても、ランディは一向に意に介する様子もない。
「仰る通り、これはマイクロ波による天体観測機器です。マイクロ波、すなわち可視光線や赤外線よりも長い波長の電磁波は、宇宙のすべての方向から、微かに、ほとんど等方向的に、しかしながら僅かな不均一性を伴って観測されます。それは宇宙がかつてとても小さく、遥かに熱く、そして時間をかけて途方もなく拡大したことを、また微かな揺らぎは、宇宙が希薄なガスからやがて無数の恒星を形成していったことを示しているのです。」
宇宙背景放射は、宇宙が原初の光の騒乱の時代を終え、初めて晴れ上がった時の姿の名残を今に留める、セピア色の写真のようなものだ。
「では逆に、可視光線よりも短い波長による観測では、宇宙はどう見えるか。それを、こちらのX線観測機器でご覧ください。」
「あれ、これ、ブラックホール? なんだか、似たのを前に見たような…真ん中に真っ黒い丸と、周りは虹色の円盤みたいなの。前の円盤は白くて、もっと小さかったような」
「見せて見せて。……うん、これはキレイだねェ。」
マルセルと入れ替わったオリヴィエの声が弾む。
「先程のマイクロ波もですが、本来、我々の網膜では認識することの出来ない波長の光、この場合はX線ですが、それらの長波長や短波長を赤や青などの疑似色に置き換えて表示しています。擬似色、とは言いますが、我々の目がX線を見ることが出来ればそういう風に見えるであろう光景、という事です。」
俺も覗き込んだ。中央の深黒の球を取り巻く、色彩に満ち溢れた円盤。
「ブラックホールの周囲を巡りながら物質が落ち込んでゆく流れ、すなわち降着円盤は、その過程で物質の粘性と位置エネルギーの解放とにより、可視光線や、それよりもエネルギーの高いX線を放出し続けています。…周囲の物質を、その虚無の中に全て飲みこんでしまうまで。」
エルンストの説明の続く中、俺に代わったリュミエールが、ブラックホールの、物質と時空のその美しい終焉をじっと観察している。
「陛下方と補佐官方も、どうぞ。」
そう言って次に代わった。
「X線よりさらに一層エネルギーの強い、つまり波長の短い電磁波であるガンマ線による観測も、大変興味深いものです。こちらをどうぞ。今は宙天の比較的広い範囲を映しています。」
夜空に向けられた巨大な観測機器の末端の、傘のような凹面ガラスに観察範囲が映し出されるようになっていて、皆と一緒にそのスクリーンを見る。
「あ、光った!」
誰かが声を上げた。迸るように強い閃光を発した一点。何十秒かの持続の後に残光を瞬かせて消えていった。間を置いて、また一点。
「そちらの重力波検出器と、そちらのニュートリノ検出器も合わせて見てみてください。」
こっちに表示される「現象」の発生頻度はガンマ線で見えるものよりも回数が多かったが、そのうちの幾つかはガンマ線観測機器のそれと一致するタイミングで起こっていた。
「これ、何が起こってるの?」
「ガンマ線バースト」
ぽつりとゼフェルが呟いた。エルンストが説明を続けず、皆の視線がゼフェルに集中したから、それに気付いたゼフェルが渋々といった感じで解説する。
「さっき見たろ。ブラックホール。でかい恒星から超新星爆発でブラックホールが形成される時に、ものによっちゃ恒星の南北の極方向のすげぇ狭い範囲にエネルギーが集中して、ビームみたいにガンマ線の放射が出んの。だからガンマ線バースト。」
「いよッ、物知りィー☆」
レイチェルの合いの手を、聴こえていない振りでゼフェルが言葉を続ける。
「要するに超新星爆発が起こってんだけど、さっきの幾つかのも、近くなら肉眼でもその光が見えんだけど、可視光線じゃ見えてねぇだろ。すげぇ遠いの。それこそ数十億光年とかのめちゃめちゃ遠い所で発生してんのに、ガンマ線だけまだ相当なエネルギーで検出されてんだよ。つまり、すっげぇ狭い範囲に馬鹿でかいエネルギーが集中してってこと。有生命惑星の近隣で発生したガンマ線バーストの所為で、惑星の生命体が絶滅、ってこともあるらしーぜ。」
「素晴らしい解説です。…後の心配はありませんね。」
「…何の後だよ」
リュミエールの小さな声に、ゼフェルが眉を顰めて答え、リュミエールは無言の微笑だけを奴に返した。
「では、機器の紹介はこれで最後になります。こちらが、王立研究院でつい最近ようやく開発が叶いました、ごく珍しい放射を捉える観測機器です。」
「ほう」「ついに」など、今まで殆ど口を開かなかった神鳥の光の守護聖と闇の守護聖などは感慨深げに感想を述べているが、
「ああ、うん、えーと、王立研究院の、つい最近の、ごく珍しい、うん?」
「言うな、ランディ。言いたいことは判るから。」
わざわざ用意されたテーブルの上に設置されたそれは、どう見ても見た目、ラジオ、だった。長いアンテナを伸ばし、電波信号を音声に変換する、古典的な受信機器。持ち手も付いていて携帯は可能そうだが、やや大型のどっしりしたサイズな辺りが余計にレトロを感じさせる。
普通のラジオと違うところと言えば、スピーカーが嵌るはずの場所にスクリーンが付いている点だった。
「アンテナの角度を調整して、いろいろな方向の夜空を観測してみてください」
「ちょっと、メル、アンテナ振り回さないで! 画面で酔っちゃうってば」
様々な方向へゆっくりアンテナを動かすと、スクリーンの映像が移動する。ところどころで、ごくぼんやりとした淡い光が映っていた。
「……なんか、つまんない? これ、何?」
「あ、これ、すごく明るいですよ」
スクリーン上の小さな一点、夜空に針を刺したように鋭く輝く光があった。脈打つように光っていて、一度目にするととても印象的であり、目を離しがたくなるような、そんな光だった。
皆が注目する中、その光は脈動を続けながらだんだんと強くなっていく。内側から放射する光。細い細い一点が、白熱して目を焼く。
「わ……ぁ!」
その音さえ聴こえてきそうな一閃を発し、光は激しい放射を撒き散らした。直視できずに皆が目を細め、――そして光は消えた。
「……何だったの? 今の」
「ホーキング放射です」
「ほーき………」
マルセルがきょろきょろと辺りを見回し、ルヴァの姿を見つけて物言いたげにした。気付いたルヴァが柔らかく笑って答える。
「ああ、安心してください。そういえばまだ、ホーキング放射について話したことはありませんでしたからねぇ。ちなみにあれ、何が発した放射だったと思いますか? マルセル」
「よくわかんなかったです。太陽の光のような、超新星爆発みたいな、でもどっちとも違って、最後はほんとに綺麗に消えちゃったみたいだし」
「ホーキング放射は、ブラックホールからの放射です」
「ブラックホール……の、周りの、えっと、降着円盤の?」
「違います。ブラックホールそのものからの、放射です。」
星空の瞬く下、臨時の講義の場は、しばらく沈黙した。
「あの、ルヴァ様。俺、ブラックホールっていうのは、光でも何でも全てその中に吸い込んで、絶対に逃げられないし、何も外に出さないものだと思ってたんですけど」
「正解です、ランディ。あなたは正しい。ブラックホールは何者をも、宇宙の最速の存在である光をも外に出さない、だからブラックホールと呼ばれてきました。唯一の例外が、ホーキング放射です。」
これはなかなか難しいことでしてねぇ、と、少しも難しくなさそうなのんびりした口調でルヴァが続ける。
「以前に何度か、お話ししたかと思います。エネルギー保存則の成り立たない、微小な領域で、何もない状態から仮想粒子が生成されていること。ハイゼンベルクの不確定性原理。すべてが確率でしか語れない世界で、粒子が生まれ、消え、揺らいでいること。
一方、ブラックホールというのは、質量、即ちエネルギーがあまりに小さな一点に集中したために、その一点、特異点において、無限大の引力と、無限大の時空の歪みを持つようになった存在です。恒星や銀河にも匹敵するその総質量は中心の無限小の特異点に集中し、その莫大な質量のため、中心からのある距離以内に入ってしまうと、光でさえも引力に囚われ、外へ引き返すことが出来なくなります。この距離に相当するものがシュヴァルツシルト半径で、その境界を「事象の地平線」と言います。さて」
ルヴァはそこで一息入れ、珍しく思案げにしばらく沈黙してから、続きを語った。
「では、事象の地平線近くに、仮想粒子が生じた時、何が起こるか。
仮想粒子は通常、互いが逆方向に移動する一対の粒子として生成されます。一方の粒子が事象の地平線の外へ行ったとすると、もう一方は事象の地平線の内側へ。境界の内側に入ってしまった粒子は、これはもう、地平線の外側へ二度と出ることは出来ず、ひたすら落ちてゆき、中心の特異点で無限の時空の歪みに飲み込まれるだけです。
しかしながら、特異点へ近付いてゆくその過程において、例えば地上のものが落ちてゆくに従って位置エネルギーから運動エネルギーを得るのと同じように、ブラックホールへ飲み込まれてゆく仮想粒子も、ブラックホールの重力からエネルギーを得る。このエネルギーが、仮想粒子を生成するために一時的に「借りていた」マイナスのエネルギーを帳消しにし、対として生成された2つの仮想粒子を、本当の実在粒子に昇格させるのです。
事象の地平線の内側の粒子はブラックホールへ消えてゆきますが、事象の地平線から外側へ発した粒子は、内側の粒子と対であったがために実在粒子となり、からくもブラックホールの境界から脱出する。これが、ホーキング放射です。」
わかりますかねぇ、難しいですよねぇ、ゆっくり考えてみてください。そう言ってから、少し間を開け、ルヴァは再び話し始めた。
「仮想粒子がブラックホールの重力から得るエネルギーは、実はこれは、ブラックホールの中心、特異点に近い方が大きなエネルギーを得やすいのです。かと言って、最初から対の仮想粒子が事象の地平線の内側にいては、どちらもその外側へ脱出することは出来ない。中心に近く、かつ事象の地平線の近くの粒子が脱出しやすい、これはどういうことかというと、半径の小さい、すなわち質量も小さいブラックホールの方が、ホーキング放射が多いということなのです。
小さいブラックホールが放射を発し、エネルギーを失ってより小さなブラックホールとなり、なお大きな放射を発するようになる。これが加速度的に進行し、最後には爆発的な放射とともにブラックホールが蒸発する。これが、さきほど見ていただいた閃光の正体です。」
誰からともなく、皆がさっきのスクリーンに目を遣る。淡い光は、つまりは大きなブラックホールで、鋭い光は小さなブラックホールという訳だった。
「蒸発、と言いましたが、このホーキング放射は、熱い物体が周りに熱を放射するのと、実は全く同じものとみなすことが出来ます。大きいブラックホールは放射が少なく、冷たい。小さいブラックホールは放射が多く、熱い。質量、あるいはシュヴァルツシルト半径によって、ブラックホールの特徴を言い表せるのと同様に、ホーキング温度によってもブラックホールを特徴づけることが出来、だからこそ、定例の御前会議ではいつも、ブラックホールの報告の際にホーキング温度を付しているのですよ。」
恒星アルゴールの総質量は156単位恒星質量。
超新星爆発の際には質量のいくらかが吹き飛ぶのが普通だが、もし、その全てがブラックホールになれば、シュヴァルツシルト半径は461km、ホーキングの絶対温度は0.000000000395度となる。
恐ろしく大きな質量と地平線を持ちながら、時間も空間も凍りつく、限りなく絶対零度に近い、特異点のその極限。
ルヴァの話の終わりを継いで、エルンストが会の最後を告げた。
「さて、我々からの天体観測の案内は、これで終了になります。最後までご清聴いただき、ありがとうございました。この後は、皆様、どうぞご自由にこれらで、すべての星空を思うままに探索してみてください。」
エルンストの尽力に対して軽い拍手が上がり、守護聖たちと白い翼の少女たちは思い思いに様々な機器の方へ散らばっていった。
その中に混じり、楽しげに皆と観測を続けるリュミエールの姿を視界の隅で確認しつつ、俺もそれから、色んな観測機器を再び覗き込んだ。可視光線、X線、重力波、ホーキング放射。
そうして探した。
星空の隅々まで。
次元を渉る暗闇の中、暖かく優しい気配に包まれた、紗のような眩い道を、ゆっくりと、辿る。
あの時と同じように。
あの時と違うのは、女王陛下に守られた背後の聖なる地に、炎の守護聖の気配が無いこと。
白い翼の女王陛下は、ひとりの少女として、いま、ただ願っている。
宇宙の平穏を。そしてオスカーの無事を。
不確定性原理をも動かすその願いが、尊い護りとなって、道を、私を包む。
次元回廊の終点、漆黒となった只中で、再び、私の視界一面をあの蒼い光が覆った。
人食い鬼の高温の光。
あの人の瞳と同じ色の、蒼く燃え盛る恒星の炎。
この間よりも、ずっと近くに。まるで私を、その炎の中へ飲み込もうとするかのように。
距離は相当に至近で、この身に白い翼の限り無き加護がありながら、なお灼け付いてしまいそうな程の幻惑じみた熱さに襲われる。
極高温の、蒼く巨大な星。
右手から背後、視線の先を辿った。
到底見えない程に遠い、しかしその先には確実にあった。試験運転を終え、すべての準備が整い、憐れな獲物を待ち伏せてじっと身を潜めているが如き、あの粒子加速器が。
実運用の稼働に向けて研究者、技術者のシャトルがその宙域にいくらか在るはずだったが、あまりに遠くこちらの様子に気付かれる気配はない。
アルゴール星系の、粒子加速器の近傍に降り立った先日よりも相当に恒星に近い、加速器よりも遥かに内側の軌道上、私の姿はあった。
私と女王のサクリアが恒星アルゴールに確実に作用を及ぼせるよう、粒子加速器の軌道を効率よく乱せるよう、エネルギーの放射の方向と連星惑星の軌道が厳密に一致するよう、そして可能な限り私の身を守るべく、王立研究院が幾度か計算を重ねて算出した位置とタイミング。もっと確実に事を成せる、恒星のもっと近くに、と私は主張してエルンスト達を困らせたけれども。
正面には恒星アルゴール。
寿命の短い大質量星といえども、あと数百万年は燃え続けるはずだったその星は、この事態に際して、もうじきその終焉を迎える。
右手、左手、背後の遠くには粒子加速器。
星を抱くように軽く両手を広げ、そうして私は、天頂を見上げた。
真っ直ぐ上。漆黒の空間の、その遙か先。
そこに在るのは、あの雪の日の曙に見上げた銀河ではなく、かの連星惑星と、その惑星上の、貴方。
広げた両手をゆっくりと、天へ差し伸べ、目を閉じて呼び掛けた。
(オスカー)
いるのでしょう。そこに。
判っている、と、すぐに応える気配が私へ届き、たったそれだけで言い様もないほど激しく胸が締め付けられた。涙の滲む顔に笑顔が浮かぶ。
オスカー。
貴方との隔たりがこれから先もどれほどあろうと、ただ無事に、ただ皆と笑っている貴方がいれば、もう、それだけでよかった。
宇宙と貴方を護れるのなら、ただ、それだけでよかった。
どうか貴方からも、力添えを。私が十全に事を進められるよう。宇宙を護り通せるよう。
そう願った瞬間、遥か遠くの背後の異様なざわめきに全身が総毛立った。