■ 一千億年の恋 第1

 目が合った瞬間

 

 

 例えようもなく強烈で、巨大で、烈しい何かが

 痺れと共に脳髄を撃った

 

 

 

 飾り彫刻をふんだんに施された白い柱が、渡り廊下に沿ってはるか先まで続いている。

 右手のバルコニー状になった手すりのすぐ外には、新緑色の芝生と、高い低いをないまぜて種々の樹木を配置した庭園が広がっていた。

 その先は自然の森に続いているようだ。

 左手には白い壁、時折現われる分岐、壁の向こうへと続く扉。扉の先は折々の行事のときに使われる会場や客間用の予備の部屋なのだろうか。この辺りは案内してもらったことがない。少なくとも普段から使われている部屋ではないということだ。

 聖地のやわらかな日差しは宮殿の白い廊下に反射して、辺りを優しい光で包み込んでいた。

 その廊下を歩きながら、ずいぶん広い建物だなとオスカーは考えた。

 つい最近、宮殿内を説明して回ってもらった時だけでもかなりの時間歩いたが、この様子ではまだまだ行ったことのない場所のほうが多いようだ。昼休み後の業務再開時間に間に合うように帰れるだろうか、とオスカーはちらっと思った。

 早く慣れたい。早く炎の守護聖としての役割を立派に努められるようになりたい。早く一人前になりたい。

 その真紅の燃える髪に相応しい、熱い思いを反芻した。

 光の守護聖ジュリアスを思い出す。

 豪奢な金髪の髪の首座は、オスカーが仕事を覚え初めて間もない時、彼の執務室へ仕事の報告に上がったオスカーに向かってこう言ったのだ。

「そなたの資質と熱意は溢れんばかりだ。これからもその調子で守護聖としての責務を果たしてほしい。・・・早く私の片腕となってくれる日が来るように。」

 その言葉が確信に近い期待から出てきたものだと感じ、胸を高揚させ背筋を伸ばして応じたオスカーはひどく誇らしく感じたのだった。

 広大な宇宙の中、守護聖はわずか9人。炎の守護聖としての務めは、その中のさらに、たった1人だけの背に乗せられた、途方もなく巨大な責任。

 その責務を果たす自信はあった。実力もある。誰にも負けないという自負を、年齢より早く青年の姿になったオスカーはその身の内に持ち合わせていた。

 午前中の仕事の続きを考えた。

 そろそろ帰ろうか、と思った時。

 廊下を辿っていた視界が不意に開けた。

 

 

 単調な廊下の流れが止み、ちょっとしたホールになっている。ドーム状の天井が高い。

 光を取り入れるための天窓はところどころ色硝子がはめ込まれ、差し込む光を淡く彩っていた。

 壁は浮き彫りや彫刻が配され、光と影がその上に踊る。

 単調だった廊下から急に迷い込んで、オスカーは幻想的な感覚に包まれた。

 

 ふと。

 身じろぎする音がした。

 

 薄暗く、中央の大柱の影になっていた人の気配が、振り返るその様は。

 なぜかオスカーには、スローモーションのように感じられた。

 

 そして、目が合った瞬間。

 

 

 その 巨大で烈しい衝撃に 打たれたのだ

 

 

 

 

 

 

 深海の瞳

 

 

 碧銀の流れる髪

 

 

 

 

 指先まで痺れる。

 思考が麻痺する。

 どくどくと耳鳴りが煩いほどに響く。

 オスカーの頭の中で警告信号が明滅する。

 周りの景色が何も見えない。

 

 気がついたら、オスカーは剣の柄を握っていた。

 

 

 ゆっくりと

 きわめてゆっくりと

 衝撃が過ぎ去ると、

 ようやく、視界が戻ってきた。

 

 その人の姿も。

 

 

 奇跡が作り上げたようだ、とオスカーは思った。

 

 

 類稀なる美貌。

 そんな言葉が目の前で具現化している、と思った。

 

 水色の髪。宝石のように珍しい色。

 ときどき光を波打って碧い銀に輝く。

 

 前髪が目元に頬に少し掛かるのが、幼いようにも艶めいたようにも見えて。

 

 肌は透かすように真っ白だ。

 

 唇は驚きに少し開かれ、何かを紡ごうとするようで。

 ほんのりと桜色に、血の流れる色に示している。

 

 

 綺麗だ、と思った。

 混じりけの一切ない、今まで抱いたことのないほど純粋な想いで。

 

 

 女性か、と考えた。でもそうじゃない。

 なぜなら、あの瞳が。

 こちらに向かって、見開かれた、あの瞳が。

 

 

 あの瞳。

 

 

 深海の瞳。

 どこまでも深くて、そのくせ、どこまでも強くて。

 

 深くて、強くて。

 

 

 衝撃を与えたのはその瞳。

 間違いなく。

 今も、ほら、こうやって、

 その瞳を覗きこめば、

 

 

 再び、風景は消えて。

 どくどくと、鼓動がまた強くなって。

 頭が、全身が痺れていって。

 遠くで理性が何かを言ってるのに、目をそらせられなくて。

 

 

 

「オスカー?」

 

 はっと我に返った。

 一瞬の間を置いて、聞き慣れた声が背後から聞こえたのだと気がついた。慌てて後ろを振り返る。

「「カティス様?」」

 声の姿を認めるのと、そう口にするのとはほぼ同時だった。それから、自分の声に他の声が重なったと気がつくのも。

 重なった柔らかい声は先ほどの麗人から発せられたものだった。

 再び慌ててもとの方向に向き直り、おまえ、いったい、とオスカーが言いかけた時、

「なんだ、リュミエールじゃないか。おまえたち、どうしたんだ?」

 緑の守護聖は意外そうな声で嘆じた。やや不穏な気色を帯びて。

 その声に、再びカティスの方向に向き直ったオスカーは、その視線がオスカーの左脇に向けられているのに気がついた。カティスの視線を辿った先には、・・・自らの愛用の長剣の柄を握り締めている自分の右手があった。

 そのとき初めて、オスカーは自分が剣の柄に手をかけていたことに気がついたのだった。

 弾かれたように右手を柄から離す。

「あのっ、これはっ、そ、そのっ・・・!」

 慌てて胸の前の両手を、カティスに向けて弁解の意に振る自分がいて、オスカーは意識の片隅で滑稽だと思った。

「何かあったのか?」

 緑の守護聖の、そのいつもと同じ、どこか暢気な物言いに、オスカーはさっきまで自分を襲っていた、熱に似た何かがゆっくりと抜けていくのを感じた。

「・・・なんでもありません・・・」

 両手を下げながら、最後の熱を吐息に忍ばせるように、そうつぶやいた。

「・・・そうか。」

 その様子に、聞いても無為と思ったのか、自分にはわからないと思ったのか、緑の守護聖はただそれだけで応じた。

「様子がちょっとおかしかったんで、少し驚いたさ。・・・こいつとは、初対面だよな? 仲良くやってくれよ、これから先お互いに長い長い・・・付き合いになるんだろうから。」

 最後の声のトーンが少し違うものになったのを、オスカーは聞き逃さなかった。

「カティス様? それはどういう・・・」

「紹介するよ、」

 視線で麗人のほうに向き直るように促される。言われるままにオスカーは向き直り、・・・深海の瞳ともう一度目をあわせることになった。

「こっちは、水の守護聖リュミエール。リュミエール、こいつが炎の守護聖オスカーだ。」

 リュミエールとオスカーの目が同時に、驚きに見開かれた。