■ WILD KITTY STRIKE

 

* A Luxury Liner *

 

 そういえば去年は、自分主催で一流ホテルに部屋を取り、ミニパーティーとかしたんだっけなあ、とオリヴィエは生暖かく笑った。人それを思い出し笑いと言うが。

 今年はオスカーが手配する番だったので、彼の恋人へのサービスの一環か、「豪華客船を借り切って二泊三日のクルージング」だった。

 恋人、というのもこの一年の激動の末にそうなったものであって、前回まではむしろ犬猿の仲といってよかったのだが。

 

 新年といっても聖地の暦によるものなので、外界では新年でも何でもなかったりする。おかげで会場に「A Happy New Year」等と掲げると大概おかしな顔をされるのだが、かわりに予約が混んでもいないので、毎回手配はスムーズなものだった。

 年末年始に宮殿のパーティーをこなした後、ちょっぴりの休暇を貰っていそいそと外に遊びに出かける辺り、その辺のサラリーマンのようだと思いつつも、オスカーとオリヴィエ、それにリュミエールは毎年それを欠かさない。

 年に一回のこと、まして仲のおよろしくないオスカー様とリュミエール様が何とかかんとか歩み寄りをする唯一の機会とて、さしものジュリアス様も黙認のご様子。

 その黙認がアレに繋がったわけなので、本当のところを知ったら彼も何と言うことやら。

 

 だだっ広いレストランの真ん中にぽつねんとテーブルを置いた様は、そこはかとなく妙であったが、晩餐はつつがなく終わった。

 他の客を排除する必要は実はなかったのだが、どうもオスカーは前年の二の舞を警戒していたようだ。それを察してか、リュミエールも今年は例年通りおとなしく舐めるようなペースでしか飲んでいない。

「……随分遠慮してんじゃん。せっかく貸切なのにさ」

 唇の端を吊り上げてにんまりと笑うと、二人はテーブルに飾られた薔薇の向こうで憮然としている。

「人目がないわけじゃない」

 オスカーが重々しくそう言うと、前回「もう二度と一般の方々がいらっしゃる場所では酩酊しません」と誓ったリュミエールは、真赤になって肩を窄め、小さくなった。

 

 

* Last Year *

 

 最初の晩はオリヴィエが気合を入れて段取りしたミニパーティーで楽しんだのだが、次の晩は各々勝手に行動した後、何とはなしにホテルのバーで落ち合った。

 この小さな催しを始めた頃は、聖地に戻る前の晩も三人で集っていたものだが、ここ数年ばかりはそうでもなかった。いい歳をした男三人が、ぴったりくっつきあっているのも妙だというので。――ので、リュミエールまでがバーに来るという、あまり彼らしくない行動によってそれは実現したのだが。

 仲が良かろうが悪かろうが、毎日顔をつき合わせている関係なのだった。取り立てて話すようなこともなし、黙ってグラスを空けていたのだが、その所為か三人とも確かにピッチは早かった。

「――暑いですね」

 小さなカクテルグラスを両手で持ち、リュミエールがぽつんとそう言ったのは、バーが大分混み始めた頃だった。

 この時、首都の季節は初夏に差し掛かったところではあったが、店内に巨大な吹き抜けもあり、汗ばむような温度ではなかったはずだ。

 ことんと卓にグラスを戻し、オスカーとオリヴィエの顔にぼんやりした視線を彷徨わせる。

「何だ、もう酔ったのか」

「酔ってません……」

「酔ってる酔ってる」

 苦笑いする二人に、水の守護聖はむうと眉間に皺を寄せた。それも甚だ珍しい表情であったが。

「酔ってません」

 ただちょっと、と呟いて、彼は自分の喉元に手を当てた。

「暑いだけです」

 

 ……いいホテルだったのにもう二度と使えないなあ、と後でオリヴィエは嘆息した。

 酔っていないと言いつつ、リュミエールはそのまま一気に諸肌脱いで、手近にあったオスカーの襟首にも手をかけたのだ。

 口に含んでいたカクテルを思いきり噴出した夢の守護聖と、一瞬あっけに取られた隙に本気で脱がされかかった炎の守護聖は、周囲のどよめきをおさめる暇もなく、半裸の水の守護聖を引っ担いで、宿泊中の部屋に逃げ帰ったのだった。

 

 

* A Luxury Liner *

 

「わっかんないんだけどさあ」

 ヨーグルトとブルーベリーのシャーベットを突付きながら、オリヴィエは行儀悪く頬杖をついた。

「あの後オスカーがリビングで飲みなおしてたのは知ってるんだけど、それで何で、あんた達ああなってたわけ?」

「知るか」

「わたくしの方が聞きたいです……」

 それがきっかけで今の二人があるといえ、絶叫で始まったあの朝は、決して良い思い出ではないらしい。

 笑いを堪えながら、オリヴィエはその様子を肴にしているのだが。

 

 

* Last Year *

 

 飲んでいる最中に、こういうあまりよろしくない事態になったとき、オスカーは仕切りなおしてまた飲む方だったが、オリヴィエは白けてさっさと酔いを冷まし、寝てしまう方だった。

 なので、夜中の経緯についてはほとんど知らない。

 各々の寝室はきちんと重厚な壁と扉で区切られていて、リビングルームで合流するようになっていた。朝方オリヴィエが起きだしてきて、そこで水差しから冷たい水をコップに注ぎかけた、その時だった。

 リュミエールの部屋から「ぎゃあああ」と防音壁も貫くオスカーの絶叫が上がり、発声の持続がやや長いリュミエールの声で「あああああああ」と収束した。

 何事かと部屋に飛び込むと、果たしてオリヴィエの顎も落ちる事態が展開されていた。

 どう見ても情事の後と思しきどこぞの二人が、真っ白になった互いの顔を眺めていたのだった。

「あ」

 口をぱくぱくさせて酸欠金魚になったオリヴィエは、思わずどうしようもないことを聞いた。

 

「あんた達、何してんの?」

 

 何もへたくれもないわけだが、ぐぎぎぎと首をまわしたオスカーは、今にも白髪化しそうな勢いで「何で俺服脱いでるんだ?」と言った。オリヴィエが「知るもんか」と言う前に、リュミエールが「どうして貴方が一緒に寝ているのですか」と青紫になった唇であわあわと呟く。

 それっきりまた絶句して、互いにキスマークなど発見してわなわなしている二人に、オリヴィエは大きな大きなため息をついた。

「……えー、あー、つまり、酔った弾みでヤっちゃったわけね?」

 「ひうっ」とリュミエールが妙な音の息を吐いて、若草色の枕に轟沈した。

 

 

* A Luxury Liner *

 

 オスカーにしてみれば、いくら酔っていたとはいえ一夜の恋人に求める女性と毎日角突き合わすリュミエールとを取り違えたのはおかしい、という気分が濃厚だったようである。

 とはいえ翌朝の事実は事実で、しかも記憶にほんのり残っていたりで、「何だかおかしいな」と思いつつも最後まで遂行してしまったのはまず間違いなかった。

 そうなるとリュミエールの方は、寝込みを襲われた被害者とも言えるわけなのだが、一応慌てたオリヴィエに「カ、カウンセリング受ける?」と言われても、彼は真っ青になったままうんともすんとも言わなかった。

 

「とても驚きはしたのですが……」

 と恥ずかしそうに俯いて、リュミエールは少々赤面した。

「夜中のことをあまり覚えていなかったんです。夢うつつに何かされているとは感じたのですが、痛くも怖くもなかったので」

 

 その辺りの事は直後に発覚していて、心のケアだの責任問題だのは何となくうやむやになってしまったのだが。

 なかったことにして一件落着しようとした影で、尽くされたであろう比類なき超絶技巧(本人申告)に、肝心のリュミエールは終始寝ぼけていたという事実について、名うての放蕩児のプライドは否応なく傷ついていた。

 そしてそこが泥縄だというのだが、聖地に帰ってからというもの、オスカーは突然リュミエールに対しても紳士に変貌した。贈り物と甘い言葉でもって誠意ある愛を示し、詰まるところ素面での再戦を申し入れたのである。

 リュミエールの「痛くも怖くもなかった」というある意味最高の評価に、彼は満足しなかったのであった。

 

 結果今のていたらくなのだが、リュミエールは幸せそうだし、それが甲斐性の証拠だとしてオスカーも満足、ジュリアスにもまだバレてないときたもので、「まずは善き哉」と。

 そうなるとこの新年会は二人のセレモニーにもなりかねないわけで、オリヴィエは「今年はもうやらないかなー」と考えていたのだが、オスカーからは例年通りの招待状が届けられたのだった。

 

 バーの薄闇と黄金色に目映く照らされた艶かしい肌、その感触に、そもそもからして幻惑されていた、というのがオスカーの反省点だったようである。

 いくら酔った上での所業とはいえ、そういうスイッチが入っていなければ及ぶはずもないことではあった。

 その辺はリュミエールもよくと言い聞かされたらしく、以後は勧められても滅多に酒類は口にしなくなった。

「でもさー、私もあの時うっかり忘れてたんだけどさ」

 運ばれてきたコーヒーの香りに目を細めながら、オリヴィエはそれとなく今夜の爆弾投下に入った。

 

「リュミちゃんあんた、下戸どころかザルでしょ、ほんとは」

 

 朗らかだったその場の空気が、ぴし。と音を立てて固まった。

 リュミエールの「ニコニコ」がそこはかとなく四割増しになって、不意には嘘をつけないその顔に、だらだらだらと脂汗が流れ始める。

「……何ですと?」

 笑ったまま口許を強張らせたオスカーが、また油の切れたロボットよろしくリュミエールを見、そしてオリヴィエに振り返った。

「あー、カティスに聞いたんだわ。いくら飲ませても全然変わらないから酒の無駄だったって悔しがってたんだよね」

「………………」

 バーでのはっちゃけ振りにも翌朝の驚愕にも、酒の魔力などどこにも及んでいなかったのだったりして。

 恋の手管など持ち合わせもしないリュミエールのそれは、恐るべき誘惑であった。いや大味過ぎという点において。

 でも要するにあんた嵌められたってわけよねくすす。とオリヴィエは去年一年いつ言おうかと楽しみに楽しみに取っておいたそれを、言外に匂わせた。

 オスカーは長い沈黙の後、おそらく苦さ最高潮のコーヒーを飲み干し、世の数多の乙女を虜にした甘い微笑を浮かべた。

 

「……リュミエール様」

ハイ

「いくつかお聞きしたいことがございますので、少々お時間をいただいてよろしいでしょうか」

ハイ

 

 そういうわけで二人は途中退席。

 多分これからお仕置きされるのであろうリュミエールの「きゃー」という声を遠くに聞きながら、オリヴィエはのほほんとコーヒーのおかわりを給仕に頼んだ。

 

 今年も良い一年になりそうだった。

 

 


■ かの様のコメントv:

 WATERBEATの楸様より、50000hitsキリリク「オスリュミ+オリヴィエ・飲み・絢爛豪華・最後はオスカー様の負け」でしたv(笑)

 ネタがネタなので三が日のうちにと思ってたんですが、ご、ご本人帰省中? 早く帰っていらしてー(笑)

 新年早々お笑い(←?)ネタで目出度いことです。今年もよろしくお願いします。

2003/01/02

 

わーいわーい頂きましたー、うはー美味しすぎるvvv

何故か浮かんだありきたりなお題に解放してもらえず仕方なしにそのままお願いしたリクエストは素晴らしい創作になって帰ってきました〜あはん♪

うふうふうふ、ああ煩悩してる時間って本当に楽しいなぁ。

こちらこそ今後もなにとぞよろしくお願いいたします♪