140字を一通りやった感があるので今度は「#書き出しと終わり」(shindanmaker.com/801664)のお題にて。
いっそ消えてしまえば、と言う程の激しい感情ではなかったけれど、自らの印象としてはそれに近い。
家族からも故郷からも引き離され、女王と宇宙のためにのみこの力を捧げる。
本意ではないにせよ、それを良しとしていちど受託したのであれば、もはや私という主体が存在した所で何の意味があろうか。
その想いは、彼と逢うに至って頂点に達した。
印象的な、高温の星の色の瞳。燃え立つような髪。
幾許かの言葉を交わし、私は初めて、同輩達がいくら語ろうとも理解の出来なかったそれを、初めて知った。
恋というものを。
そして同時に、このそれが永遠に叶わぬものであろう事を。
であれば、私の主体など、どれ程の意味があろうというものか。
この生において、この想いは唯一無二、永遠、そして成就は、儚い夢。
すなわちその時から、私は守護聖という存在、そしてこの恋心そのものだけの存在になった。
私の意志は、消え果てた。
だからその後、幾歳月が過ぎた後、彼から想いを告げられても、私はただ湖面のように、ただ凪いでいた。
「俺の事が嫌いなのか」
邂逅してからというものの対立を後悔している節で、珍しくも不安そうにそう尋ねた彼を少し微笑ましく思った。
これ迄の事を正直に告げた。
出会ってからの恋心。透徹とした諦め。
主体の消え果てた私には、貴方の想いに適う程の価値は無い。それは私でない、他の誰かに捧げられるべきもの。
そういう趣旨の事を告げたら、彼は何処と無く怒りに満ちたような複雑な表情を見せた。
「理解の努力はする。だが、お前の主張を受け入れる気はない。」
それから、彼と私の、何とも呼ぶ事が出来ない関係が始まった。
私以外へ。
その私の要望は受け入れられる事なく、彼は私のもとへ足繁く通う。
そして同時に、俺の事を愛してくれ、という彼の要望は、
好きですよ、いつまでも。
と答える私の前で、霧のように溶け、私の足下で積み重なる。
そのうち、機会ある毎に、彼は私を抱き締めるようになった。
「どうなんだ」
「ひとの肌の温かさは、心地良いと思いますよ。やはり。」
「このままキスしようとしたら、どうする?」
「私の身体でよろしいなら、いつでもどうぞ」
彼は溜息を吐き、私の額に口付ける。
成就する事は、別離する事。
始まる事は、終わる事。
いつか必ず別れなければならない運命を背負う、その事をどう思っているのか。
やがてそれを、彼に問うた。
「愛し続ける。永遠に。お前が何処へ行こうとも、必ず見つけ出す。」
その日、私は彼と夜を共にした。
彼の言葉を信じた訳ではない。
だからといって、疑った訳でもない。
彼は何処までも、今に生きる人。
今はこれ程までに心から私を愛し、そしていつの日か心変わりが訪れれば、彼の心からの誠意に従い、私を捨ててくれる筈の人。
彼の永遠と私の永遠とは、こんなにも隔たって。
「…まだ、俺の事が好きか?」
「愛していますよ。永遠に。」
彼はゆるく微笑んで、再び、私の腕の中で眠りに落ちた。
稀有な存在の稀有な髪を、そっと梳いた。
彼と在る歓びが、私の生に加わり。
いつか訪れる彼との別離が、私の生に加わり。
だから独りではなくなった、この場所で、私は独りで泣くのです。
■難しなー
哀しい?嬉しい?
こんな世界は嫌いです。
その言葉以外の、水の守護聖すべてについてを、ある日オスカーは忘れた。
王立研究院での、あらゆる検査の類にも異常はひとつもなく。
例えそのままであろうが執務に差し支えのあるものでも、無かったが。
「あ、オスカー様! まだリュミエール様の事は思い出せませんか? …そうですか。
え? …うん、お優しい方ですよね。ぼくの庭の手入れも、よく手伝って下さるんです。
あ、この薔薇、リュミエール様にお渡しして下さい! 気に入ってらしたから」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
「まだ思い出せねーのか? ったく、ボケてんな… 待てやめろ。
あ? …そういや、最近俺、芳香族の化学合成に凝ってんの。ほら、あいつ鼻がいいから手伝って貰ってさ。
これ、好きらしーから香水にしたけどよ。あいつには合わねーと思うけどな?」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
「やあ、あなたも大変ですねぇ。
え? リュミエールの事、ですか? …そうですねぇ、最近はどことなく、沈んでいたような…
ああ、この詩集をよく読んでいましたよ。いやー、恥ずかしくなるような愛の言葉が多くて、むしろあなたみたいだと…」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
「事態を解決しようと動くそなたは流石だな。
それで、リュミエールの事か。 …見た通り優しさを司る性質だが、あれでなかなか我の強い所がある。
最近はそうだな、珍しくこの馬のブローチを気に入ったようだ。そなたにやろうかと思っていたが」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
「やあ、オスカー様! 稽古ですか?
…え、リュミエール様? あ、このタオル、これがすごく運動の時に使いやすくて、嬉しくてつい力説してたら、ずーっとにこにこ聞いて下さって…
あ、持ってきますから差し上げて下さい! やだな、新品ですよ!」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
「…特段、何も言う事など無い。
…そうだな。そのような事は、百も承知の上であろう。
では、これをあやつに渡しておけ。近頃、よく眺めていた〔Strength〕のカードだ。
…何処と無く、そなたに似ているであろう。」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
「調子どう? …まあ、悪くないよね。なんも変わんないんだもんね。平和な聖地。
で、なんでそんなに浮かない顔してんだろね、アンタ。
…これ。リュミエールが教えて欲しいって、何回か来た。美味しい淹れ方。
飲んだ事ある? …覚えてないか。」
リュミエールに渡した。
これは貴方に、と渡された。
自分の手元に集まった物を見渡した。
赤い薔薇、香水、甘い言葉の詩集、マント留めに良さそうなブローチ、スポーツタオル、カード、良い香りの豆。
全て自分の好みに沿うもので。
俺が呼び出し、背後に控えたままの水の守護聖を振り返った。
伏せた静かな顔。
俺好みといえば、その通りだった。
けれども。
全てが俺好みの、そこには何の意味も存在しなかった。
「…で、お前からは、何を貰おうか。リュミエール。」
端麗な優しい顔立ちが、僅かに震えた。
「…私が貴方に差し上げられる物など、何も…何も無いのです。何も。」
だから、思い出した。
私が。
こうやって貴方に、苛立ちや憎しみや、負の感情しか与えられないのであれば。
それが私の、この世に生を受けた意義であるというのなら。
そんな世界は、嫌いです。
だから忘れて。私の事を。
その叫びで、涙で、俺は恋人だったリュミエールの事を忘れた。
「お前のいない世界は、平穏で、何もかもが俺の好みで、」
その身体を引き寄せて。
「何の意味もなかった。何も。
お前の心のない世界は、俺にとって何の意味もない。」
震える身体を抱き締めて。
「傷付けて悪かった。
だから、くれ。お前を。もう一度。」
ごめんなさいと泣きじゃくる唇を塞いで。
その身体を、心を、何処までも暴いて。
これほどまでに違う俺達が、共に在る、それが何よりものこの世界の奇跡。
星は空から降り注ぎ。
腕の中、ようやく安らいだ表情で眠るお前と、
夢の中、この夜空を駆ける。
そうだ旅に出よう、と、ベッドで眠る貴方を後にして。
貴方に教えてもらった、誰にも気付かれぬ管理番号、星の小径を開く。
余りに貴方に染まる自分が、ふと心許なく。
聖なる地に貴方の色を全て残し、私は私だけを連れて足を踏み出した。
海洋の惑星の、碧い海に身を浸し。
草原の惑星の、遥か草波を馬に乗って駆け。
また海で、沈む夕陽を見て。
ああ、貴方に逢いたい、と。
心からそう想って。
2時間後の腕の中、潜り込めば、草と潮の匂いがする、後でお仕置きだ、と貴方は夢現に呟いた。
数日分の手土産を散らし、少し眠る。
貴方が目覚め、また私を染めてくれるまで。
■外界時間は聖地時間の約50倍(平常時。1週間で1年)でいつもざっくり計算してるので、2時間で約4日。
でもこの計算だと天レクからトロワまで3週間しか過ぎてない
月の見えない夜だった。
「昨晩、いらしたばかりだと思いますが。朔日の細い月が見えていますよ。」
「残念。嘘がばれたか。
じゃあな、リュミエール。愛しているぜ。」
「…嘘に嘘を重ねるような事を、仰るものではありませんよ。全く、貴方は。」
「また次の、新月にな。」
月の見えない夜だった。
「え〜、月が見えないという事はですね、月齢0日つまり新月か、夜空に雲が掛かるか、地平線に月が沈んだかの、普通はどれかという事になるんですが、新月は昨日来たばかりですし、夜空は晴天ですし、しかしながら昨晩から昼も夜も月を見てませんし、ええ、不思議ですねぇ…」
「月の無い夜だけ、と言ったのはお前だ。
今夜、月は見えない。」
「オスカー…ぁ、」
「2日連続なんて、滅茶苦茶興奮する。まだ俺の匂いがする。」
「ん、」
「もう次に月が出ても、もう離さない。ずっとこうしたかった。」
「オスカ、あ、ん」
「愛している、リュミエール。」
嘘は本当になった。
■陛下あたりがちょちょいのちょいでちょっと月を隠したりしてみたのでありましょうきっと。
なお朔日と書いてついたちと読む
忘れ方を教えて欲しくて、聖なる地を出てすぐ、永らく世話になったあの方の墓所を訪れた。
捧げられた花は、あの方のような安らぎの中にも華やかさが入り混じり。
心が跳ねた。
次に訪れたのは、光をこの世界へ齎した方の墓所。
いつも共に行動していた二人を体現するような、豪奢に鮮やかな色合い。
「ルヴァの所へは二人で行くか。
久し振りに俺達が揃った所を見れば、きっと喜んでくれるだろうよ。」
背後から声がして。
私は泣き笑いのように、後ろを振り返る。
隠し切れない涙を、ひとつその場に零し。
最後まで私達を見守ってくれた方々に礼を告げ。
貴方の腕の中へと、そっと立ち去るのです。
■勝手に故人にしてすみません御大方…
今の状況を冷静に考えてみよう。
言い争いも自分の苛立ちも頂点で、それが何故なのかも解らず。
感情が爆発したかと思ったら、水の守護聖を力の限りに抱き締めていて。
輪を掛けて理解出来ないのは、腕の中のその人が震えながらも逃れない事で。
理解出来ないから。
だから、このまま、もう少しだけ。
ふたりぼっちになりたかった。
相変わらず何を考えているのか解らないという不安と、それが何であろうと何を言っても無駄だという諦めの入り交じった視線を頬に感じながら、その星に降り立った。
「体調は大丈夫か」
「…お気遣い頂くのは恐縮ですが、大丈夫だと申しております。発つ前から、ずっと」
だからわざわざ聖地を出てまで訪れる事もないのに、と、言外に匂わす。
星の成長期は予想外だらけで、水のサクリアを星の求めで激しく収奪されたリュミエールは星の間で倒れた。
すぐに意識は回復し、体調も良好を主張するリュミエールは、だが炎の守護聖に半ば力尽くのようにして二人きり、その星へと降り立った。
水のサクリアを多大に要求しただけあって、星は豊かに水源に溢れ。
控えつつも怪訝な表情を隠せない水の守護聖の目の前で、オスカーは繰り返し、剣を掲げ、炎のサクリアを纏わせ、星と対話していた。
漸う漸うにしてリュミエールも、オスカーの求めるその何かの気配に気付き、その分だけ、怪訝な表情を一層深める。
「解るか?」
「…解りません、が…懐かしいような、切ないような…」
オスカーの瞳に、哀惜の色が過ったのが見えた。
そうして辿り着いたのは森の中、密やかな泉。
水面に落ちる木漏れ日よりも淡く暖かく輝く、泉それ自体が光を帯びているような。
「綺麗だろう」
「本当に…」
裳裾が濡れるのにも構わず、泉の中へと無意識に足を踏み入れつつ、炎の守護聖を振り返った。
「ここは、一体…」
「…何が、ここをこんなに光り輝かせているか。知っているか。」
「…解りません」
解らないのに。解らないから。
何故こんなにも、泣きたくなるのだろう。
同じように泉の水底へ歩み入り、近付いてきた炎の守護聖を見詰める。
横へ寄り添ったオスカーは、泉を見渡し、
「…返してもらう。俺のリュミエールを。」
その言葉の意味を考える間もなく。
炎の守護聖の氷青色の瞳に、見据えられ。
「…3秒だけ。
何があっても、動くな。」
唇を重ねられ。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
泉の光は水の守護聖へと、吸い込まれてゆき。
「…オスカー」
離れた唇が、呟いた。
「私は…貴方への愛を忘れて、何故、生きていられたのでしょう」
涙が零れた。
「お帰り。俺のリュミエール。」
「…ただいま。私の、愛する、オスカー。」
魔法は3秒で、解けた。
■なんか期せずしてこないだの記憶喪失逆バージョンみたいになった