■ 籠は連理、鳥は比翼

 不自然なほど離れた場所で、端正な古典派の彫刻のように佇む、顔面蒼白の水の守護聖と二人――どれだけ不本意でも二人と言わざるを得ないのであろう――この場の二人で、ただ沈黙した。

 真っ白な、ベッドの前で。

 

 

 この奇妙な場所に辿り着いた経緯を、ここから逃れる何らかの鍵がないかと縋る思いで、オスカーはもう一度、思い返す。

 聖地の庭園で、栗色の髪の女王候補と金の髪の女王候補が、オスカーにとっては実に愛らしく可愛い調子で互いに言い争っていた。星の育成の事で競っているのかと思いきや、手紙を送った、いや受け取っていない、などという、女王試験の当初の状態から考えると随分と微笑ましくなった内容でお互いを責めている。

 そこへリュミエールが通り掛かった。異変が起きたのはその直後だ。

 空間が捻り上げられるような感覚があって、異様な違和感にオスカーは咄嗟に近くの金の髪の女王候補の身を抱き締め、庇った。視界の隅でリュミエールが同じように栗色の髪の女王候補を抱き込んだのが見えた。

 ねじれの感覚が最大限に達した瞬間、唐突に腕の中の女王候補の存在が消滅してオスカーは急激に前のめりになり、転びかけて数歩、たたらを踏んだ。

 根拠のない全くの直感的な推測でしかないが、彼女らは元の聖地に残った、ようだった。だが自分が辿り着いたここは、一体――

 顔を上げてみれば、同じように顔を上げて図らずも目を見合わせた同僚と、この通りの空間だ。

 

 壁は見えないが、部屋の中に在るという感覚がある。床は見えないが、地を踏んでいるという感覚がある。透明に近いが透明というよりはまさしく見えない、の方が適切であり、内部の空間は薄暗い。いずれにしても、通常の摂理で出来た通常の場所ではない事が明白だった。例えるなら、夢魔の世界に近い。残念な事に夢ではないようだが。

 色を持つものといえば、少し離れた所で視線を向こうへ遣る水の守護聖と、同じ方向へ視線を遣る自分の身体、その二人の視線の先の――ただ白い、全てが白く覆われたベッドだけだった。

 

 部屋らしきものの中に、自分と、犬猿の仲の同僚と、ただベッドらしきものだけ。

 

 想像を絶した全く訳の判らない状況に、オスカーは驚きを通り越し、もはや呆れた果てた。

 次元の隙間にでも落ちたのか。ひとまず、直近の危険はないようだが。

 ぐるりと360度、見えない壁、を見回し、更には見えない天井を見上げ、見えない床を見下ろした。

 出口のようなものは無い。どこにも。

 となれば、残る調査すべきものはひとつ。

 オスカーは徐ろに、ずかずかと歩き出して純白のベッドへ近付いた。傍らまで来ると、一応の安全確認とこの訳判らなさの多少の腹立ち紛れを兼ねて、ベッドの縁をブーツで思い切り蹴り上げる。だん、と響いた派手な音に、背後の同僚がびくりと身を竦めた気配がした。

 ベッド自体は、その大きさがオスカーの邸のそれをも凌ぎかねない特大サイズであることを別にすれば、どこまでもごく普通のベッドでしかなかった。ベッドヘッドの材木には重厚な浮き彫りがふんだんに施されていて、素材の良く判らない純白のシーツがベッド全体を覆い、滑らかな純白のカバーが薄く掛かっている。ああ、あと、矢鱈滅多と肌触りの良さそうで、マットのクッションの良さそうな高級感。

 しかしそこに、出入り口など在る訳も当然のように無い。念の為無造作にシーツを捲り、ベッドの下も確認してみたが、その床も他と同様の掴み所のない透明感で統一されているだけだった。

 途方に暮れてシーツを掴む手を離し、ひらりと身を翻して、そこでまた、多少の違和感に襲われる。

 眉を顰め視界に入るものを再度確認し、違和感の正体にすぐ思い至った。

 

 水の守護聖がこちらを、すなわちベッドの方向を、足元に落とした視線で見遣り、真っ青な顔で硬直している。

 その表情はあからさまに、この状況の何かを知っていた。知って、彫像のように硬直していた。

 

「…何を知っている。リュミエール。」

 オスカーが思わず発した、その機嫌の悪さが透けて見える低い低い声で問えば、水の守護聖の姿が目に見えて狼狽えて身震いする。

「何だ? さっさと答えろ、リュミエール。こんな茶番に長々と付き合う気はない。」

 水の守護聖は唇を噛み締め、視線を上げてオスカーを強く見据えたが、一瞬合った視線はすぐに逸らされ、落とされた。

「…噂を。聴いたことがあるのです。」

「噂? 何だ?」

「…不可思議な時空の。そこを出るには、ある………行為が、必要だと。」

 ある行為? 空間と自分以外の一名と、ベッドしかない部屋で?

「何だ、それは。眠るのでもなければベッドだけで出来る事など、セッ…」

 そこで辛うじて止められたのが幸いだった。自分が発言しかけた内容にオスカーは絶句した。

 水の守護聖は体の前で長く細い指が食い込まんばかりに両手を組み合わせ、先程よりも一層、これ以上無いほどに青褪めている。

「……………」

 …まさか。本当に?

「…リュミエール。」

「………」

 名前を呼ぶだけで、リュミエールの身が震える様が見て取れた。

 真偽の程はともかく、その血の引き様を見るに、水の守護聖が聴いた噂とやらがオスカーの想像しているものと一致しているのは確かだった。

 眠るなり何なりだけで事が済むというのならリュミエールは率先してとっくのとうの先にそう言っているだろう、これほどまでに青褪めて頑なに発言を拒む様子は――

 

 今、この状況的には、自分の相手はリュミエールしかいない、その――水の守護聖と?

 このベッドで、つまり――性行為を?

 

 開いた口が塞がらないまま、二・三度、何かを言おうとして口が歪み、結局何も言えないまま、オスカーは盛大なる溜息を吐き出した。視線の先でびくりと水の守護聖が身を震わせる。

巫山戯ふざけてやがる」

 それだけを辛うじて吐き出すように言えば、水の守護聖は眉根を歪めてきつい表情で押し黙った。そう言いたいのは自分の方だ、と今にも聞こえてきそうな表情で。

 オスカーはもう一度天井を見上げ、周囲を見渡し、足元に視線を落とした。何とかなるのならそれ以外の手を幾らでも取るつもりだったが、掴みどころなく全く手掛かりのない部屋の中は先程から少しも変化する様子がない。

 再度、炎の守護聖は盛大なる溜息を吐いて、ありとあらゆる呪いの言葉を脳裏で巡らせてから、視線の合ったリュミエールを、端麗な顔に眉根を強く寄せてこちらを見遣る水の守護聖を、仇の如くに忌々しく見据えた。

「認識の違いがあったら冗談にもならないから、はっきり確認しておく。この部屋は、セックスをすれば出られる。そうだな?」

「…あくまでも、噂です。私の聴いたものは。」

「同じ事だ。確証できるものなど何もない。だがこんな場所で時間を浪費する気はさらさら無いし、セックスの一つや二つくらい、とっとと済ませて出ていくぞ」

 案の定すぎるほど表情を強張らせたリュミエールを、オスカーは敢えて鼻先でせせら笑った。怯えられるよりは憎まれる方が随分とましだ。

「どうせ事が済めば忘れることだ、それとも何だ? いい思い出とやらにして後生大事に覚えておくか?」

 流石に癇に障った様子のリュミエールが強くオスカーを睨み返し、目を閉じて大きく息を吸い込む。

「……忘れます。勿論。」

「じゃあ話は決まりだな。」

 薄く笑って右手を差し伸べたオスカーを、やや酷薄に表情を変えたリュミエールが冷たく無視した。

「…ご自分が主導権を握っていいのだと、勝手に思ってはいませんか? オスカー。」

 主導権、という言葉にオスカーが眉を顰め、その発言の意図するところに思い至ってますます眉根を寄せる。

「まさか、この俺に女役になれってことか? 冗談じゃない」

「条件は公平なはずですよ。私も男なのですから。」

 話さえ付けば大人しく組み敷かれるかと思っていたが、こういう機会にこういう強情さを、不意を打たれて思い知らされるのだ。これまでも。

 しばらく睨み合いが続いたが、さっさと済ませると言ったのは自分だ。強行突破を諦め、話し合いに持ち込む。

「判った。が、出来る限り、それは遠慮したい。他にそっちの希望はないのか。される側を断れるのであれば、多少の要望には応じる。」

 くしてやるぜ? 男が相手でもな、と言い掛けて流石に控える。

「要望……」

 リュミエールにもその台詞は不意だったらしく、寄ったままの眉根を少し緩め、軽く目を見開いた。

 しばらくの沈黙を重ねた後、水の守護聖は観念したように目を閉じて、答えた。

「……では、こういうことで。」

 

 

「………おい」

 相当に異様な状況に、脳髄がじんわりと痺れ、もはや冷静な判断もままならず、視界ゼロと沈黙との圧迫感に耐えきれずにオスカーは声を掛けた。眼の前にいるはずの相手に。

 妥協の結果ではあるし、自分もその提案に脳内は驚天動地で引っ繰り返ったものの、最終的に挿れる方なら、と同意はした。したにはしたが……

「……何でしょうか。」

 返すリュミエールの、声だけで判断するその機嫌は相当に悪い。おそらくこちらを見たのだろう、少し離れたマットレスが僅かに揺れる気配が背中に伝わった。

「余計なお喋りはご遠慮したいのですが。」

「大丈夫か? 手伝ってやろうか?」

「結構です」

 自分の不安を覆い隠すように余裕を装って咄嗟に発した提案は、発言し終わらないうちに一刀両断のもとに切り捨てられる。

 盛大に吐いた溜息の中に、身の内の熱の籠りを密かに自覚した。

 

 ブーツを脱いだだけで服を着たままベッドに横たわった、オスカーのそのアイスブルーの両目は、裂かれたシーツの端布できっちり巻き覆われている。

 

『私を見ないでください。私の身体に触れないでください。準備は、それぞれ自分で。』

 自分が挿入される側になることと引き換えに、リュミエールの出した条件がそれだった。

 多少の要望には応じると言ったし、オスカーがその条件を飲むことで屈辱的な側を回避できるのなら上々なのかもしれない、が、それにしても。

 これだけ完全に視界を塞がれては、相手も気遣いもあったものではなく、問答無用でされるがままにならざるを得ない。

「遣り方は知ってるのか? 終わってみたら血塗れ、なんてのは御免だぞ」

「……ご心配なく。」

 オスカーの発言に水の守護聖が明らかに怯んだ気配を感じたが、口調だけは先程からの冷淡そのもののままだ。

「勝手にしろ。そっちの準備ができたら呼べ。」

 半分以上の自棄で、わざとらしく両腕を頭の上に投げ出して組んだ。

「………」

 多少の怯えの残る気配に、ほんの少しの憐憫が頭を掠めたが、言えば言うほど反発されるだけなのは明白なので後はもう、向こうの要望通りに黙りこむ。

(黙ったら黙ったで、困ることもあるんだがな……)

 この水の守護聖は、はたして気付いているのだろうか。

 

 圧し殺した溜息と、意を決したように動き出す気配。

 沈黙の中、マットレスの微かに揺れる振動。

 密やかな、自分のものでない衣擦れの音。あの裾の長い、薄いローブの。

 しゅる、と、何かを――下着を?――脱ぐ音。

 ……小さく息を呑み、…僅かに吐き出される吐息。再び聴こえ始める、衣擦れ。

 そのいちいちが、視界を塞がれて過敏になったオスカーの聴覚を揺らす。

 否が応でも、脳裏で想像せざるを得ない。

 

 あの、水の守護聖が。自分で自分の秘部を。その、長い指で。

 

 男の見た目などに興味はないが、そのオスカーでもリュミエールの顔は端麗だとは思う。

 その顔で自分に向かって眉を寄せ、憂い、あるいは冷淡にあしらわれるから余計に腹立たしいのであって。他の奴らには愛想良く振る舞う癖に。

 その綺麗な顔で多少なりとも自分に好意を寄せてくれ、今回の事態にも少々控えめに、従順に応じてくれれば、女性を抱くのとほぼ変わりなかっただろう。

 正直な話、全く興味が無い訳でもなかった。

 美しいという点では掛け値のないこの水の守護聖に受容され、きちんと手順を踏み、向き合って、愛撫を加えたなら、どんな反応をするのか。どんな表情を見せるのか。

 どうせ忘れるのだからこんな場でくらい、明らかに経験値の高い自分に任せればいいものを、強情な水の守護聖は今も、自分で自分に、おそらくは拙いであろう児戯を施している。

 苛立ちと共に沸き起こるのは、断続的に響く衣擦れの音に掻き立てられる、後ろ暗い想像。

 水の守護聖が、目を伏せて。白い足を開き。長い指が後ろの孔を、絶え間なく、その周りを、その中へ。

 時折り漏れ聞こえる密やかな吐息が想像を一層煽る。

 闇に閉ざされたままの世界だけの中で、脳裏がじんじんと痺れ、自分の判断力が麻痺してきているのだと思い知らされた。

 

「……オスカー」

 

 やがて時間が過ぎてから、事更に冷静を繕った声が、小さく呟いてオスカーを促す。

 オスカーは黙ってズボンのボタンを外し、ジッパーを開いて、ズボンと下着とをまとめて短く下げ、自分のものを取り出した。既に相当に反応していた事実からは目を逸らし、軽く扱けばそれは呆気なく硬さと容積を増した。

 リュミエールが息を呑んだように思ったのは、自分の気の所為だったろうか。

 引き続いて耳聡く聴き付けた、密やかにも熱を帯びた溜息は紛れもない本物で、間を置かずにリュミエールが横たわったままの自分へ近寄り、足を開いて、自分の上へ跨った、ようだった。視界の閉ざされた闇の中、感じるのはベッドの振動と気配だけで、身体同士が接触しないようにリュミエールが細心の注意を払っている節がある。

 はらりと流れ落ちたローブの裾がオスカーの腹を撫で、ぞくりと身震いがした。

 随分長いような、実際には僅かな時間だったのだろう、リュミエールは躊躇ってから、やがてゆるゆると、自分の上へ身体を下ろしてくる。

 乏しかった身体感覚の、一番敏感な自分の先端に熱く窄まったものが当たり、オスカーが一瞬身動ぎしたのと同時に、リュミエールが息を詰めた。

 僅かに力が掛かるが、閉ざされた入口は案の定まだ硬く、容易に開く気配がない。

 この空間が一体何物かは知らないが、潤滑剤のひとつも無く、ましてやこの手の経験が無いはずのリュミエールにとって無理が過ぎるのは当然といえば当然だった。気が利かないことこの上ない、と得体の知れない対象に毒づく。

「息を吐いて、力を抜け。怪我をするぞ」

 平静を装ってそう言えば、リュミエールは思ったよりも素直に息をゆっくりと吐き出し、合わせるようにして沈み込む力を加える。先端が僅かに飲み込まれて、オスカーの口から思わず呻き声が零れ掛けた。

 まだ途中で留まっている自分のものを、リュミエールの腰を両手で掴み、思い切り引き下げ突き上げて一気に貫きたい激しい衝動に唐突に駆られる。頭上で投げ出した腕に、熱が籠った。

 触れたい。触りたい。両腕で絡め取りたい。

 潤いもなく途中で止まったままの、秘部を震わせ、リュミエールの声が漏れた。

「…い、た……………オスカ、ァ、」

 …たすけて、と、音のない声が聴こえた気がした。

 

 オスカーは自分の目隠しを勢いよく取り去ると、同時にリュミエールの腰に両腕を回して身体を引き抜きながら身を起こし、逆らう間もないリュミエールの身体を引っ繰り返してベッドへ埋めた。

「こんなん、セックスじゃねぇ。セックスってのはもっと熱くて気持ちよくて、幸せなもんだ。」

 これまでの痛みで涙に潤んだ両眼を、これ以上無いほどに見開き、紅潮した頬で自分を凝視するリュミエールに、顔を寄せ、低く囁いた。

「全部一から遣り直しだ。どうせ忘れるんだ、今だけ俺に任せろ。最高の経験をさせてやる。」

 震えるリュミエールの両頬に手を回し、何かを言い掛けた唇を唇で撫でた。触れるだけのキス。ずっと感覚に飢えていた肌へ、たったそれだけの刺激がぞくぞくと全身へ響き渡る。

「あ、ん、オス、」

 喋るとそれが重なったままの唇への刺激に繋がることに、気付いたリュミエールが言葉を切る。吐息が熱い。

 オスカーは続けて唇を唇に滑らせ、啄み、押し当てた。

 自分の下のリュミエールに、この上ない躊躇いはあっても、抵抗はない。

 試しにリュミエールの、赤くなった唇を舌先でちろりと舐めてみる。唇が戦慄いて薄く開いた。

 様子を見ながら、殊更ゆっくりと、深々と唇を重ね合わせ、舌を忍び込ませたら、口内で舌が逃れながらも僅かな反応を見せた。リュミエールの経験の多寡は知らないが、こういう行為に応える勘所を直感的に理解している。

 深く唇を絡めたまま、何度も角度を変えて、長い間唇を貪った。漏れた唾液で唇が滑るのが気持ち良い。

 離した唇で顎下を食み、同時に胸のブローチを外したら、幾重もの布の重なりがあっさりと解けて肌が顕になった。息を呑むリュミエールを他所に、抑えきれない衝動のまま掌を胸元へ滑らせる。しっとりと吸い付く肌。

「は、あ、………あ!」

 誘惑されるがままに赤く色づいた胸先を指で虐めて、反応を示す躰と、艶を見せ始めた声を堪能した。

「敏感で感じやすい、いい躰してんな。男にしておくには勿体無い。誰か抱かれたい相手でもいるんなら、そいつの想像でもしてろ。」

 戯れに口からついた言葉だったが、目の前のリュミエールがあからさまに顔中どころか全身を紅潮させ、オスカーはその想定外に思い切り不意を打たれた。

「………ふぅん。図星、か。」

 オスカーの言葉に震えたリュミエールが身を起こし、逃げ惑ろうとする、その躰に背中から両腕を回して引き戻し抱き締める。

 オスカーの内側から、ちりちりと熱く身を焦がす感情。

「…他の男はどうだか知らないがな。俺は、嫉妬で燃える性質たちだ。覚えておけ。」

 驚いて肩越しに振り返るリュミエールの、その頬に唇を押し当て、耳朶を食んだ。

「……優しくしてやるよ。」

 衣装の隙間から腰に手を回し、もう片手で胸元を撫で乳首を摘み、その耳に、熱を帯びた吐息を吹き込んだ。

 

「は、あ、やぁ、……ぁん、あ…………」

 断続的に漏れ溢れる切なげな声音を聴きながら、両足をまとめて後ろから片腕で抱え込み、眼の前に差し出され赤く熟れ始めた秘所の弾力と疼きを、舌と、指とで愉しむ。

 深い快楽に狼狽え揺らめく腰を引き寄せ直し、背後から手を伸ばしてリュミエールの唇を探り、指を差し入れて舌をなぞれば、閉じ切れない唇から唾液が溢れ、オスカーの指を甘く濡らした。滑る指を乳首に絡め、弄って摘み、局部のわななきが一層酷くなったところをその震えに合わせ、孔を拡げて、舌を深々と差し込む。

「ひぁ、や、ん……!」

 中を舌の動きで少し探ってから、唇を離した。

「物足りない?」

 短く訊いてから、自分の中指を口内で濡らし、答えも待たずに秘部へ深々と差し入れる。

 甘い悲鳴は声も出せない、様子だった。背が大きく反り、中が疼く。前で屹立するものは限界まで張り詰め、触れればすぐにでも達きそうで、時折微かに撫でる程度にしか触っていない。

 先端からぽたり、と、雫が落ちた。

「……リュミエール」

 指を入れたまま背に乗り上げ、シャツの前だけはだけた胸筋と腹筋をリュミエールの素肌に密着させて、耳元に囁いた。リュミエールが言葉もなく秘部の中と肌とをわななかせ、幾筋もの快楽の涙が更に溢れる。

 躰が熱い。リュミエールの汗ばむ首筋から甘い良い匂いがし、甘い声が自分の耳を擽り肌を撫で、最高に気持ち良い。

 もう耐え切れなかった。

 中指を入れたままの後ろの孔へ、人差し指を忍び込ませ、親指の先端で更に揉み解し、割り込ませて、充分にほぐれた様子だけは冷静に確認する。その場所は熱く潤い柔らかく蠢いて、オスカーの愛撫に反応し、この上なく甘美にオスカーを誘惑していた。

 指を全て引き抜き、オスカーはそのまま後ろから、少しも触れられずに硬く膨張したもので、ゆっくりと、だが最奥まで一息に、水の守護聖の細い身体を刺し貫いた。

「ひあ、あ、あ………!」

 中が蠢き、不意にリュミエールの体が震え、オスカーは前に手を回して達しかけたリュミエールのものの根本を強く握り、快楽の解放を堰き止める。

「やああ、あ……!、あ!」

 びく、びくりと白い躰が波打ち、涙が溢れ、オスカーが追うその視線の先で、唇の隙間からちらりと真っ赤な舌が覗いた。

 ようやく躰の戦慄きが収まると、オスカーは間を置かず、リュミエールの腰を支えてもう一度最奥まで押し入り、内股に手を滑らせて指を這わせ、胸を撫でてその先端を掌で転がし、絶え間なく肌を愛撫する。

「はあ、あ、や、あぁ、ぁん、」

 オスカーのものを収めた内壁が絡みつき、締めつけ、熱く蕩ける、それに合わせてオスカーが愛撫を繰り返しながら時折り腰を動かせば、声は一層高くなった。

「や、オス、カ、ぁ…」

 自分の動きに合わせて躰を震わせながら肩越しにこちらを振り返り、自分の名を呼ぶ赤い唇。涙に濡れて自分を見詰める、深海色の瞳。

 奥まで自分を差し入れてから、身体を傾けて寄り添い、その背筋を舌先でなぞり上げた。背が戦慄いて反り返る。

「…ねぇ。誰にこうされたかったの。」

 背の肌の表面に口を付けたまま、低くて飛び切りの甘い声で囁いた。

 驚いて自分を見返し大きく見開かれた深海色の瞳は、オスカーが見計らったように身体を離して殊更ゆっくり抽送を始めると、すぐに強すぎる快楽に眉根を寄せて閉じられた。

「あ、ああ、ああん、ん、」

「……クラヴィス様か?」

 オスカーに後ろから責められ、ベッドのマットレスへ沈みそうになる細い身体が力なく頭を振り、水色の長い髪を揺らめかせて否定する。

 不意に思い当たり、オスカーの中で暗い炎が一気に燃え上がった。身を焼かれる焦げ臭ささえ匂いそうな、嫉妬心。

「あの男か? あの軍人、精神の教官の」

 思い返せば随分と、この水の守護聖はあの男と親しくしていた。自分と同じ軍人であるにもかかわらず。打ち解けた笑顔。寄り添う姿。

 そいつにこうされたかったのか、思いながら深々と突き刺した。

「やあああ……!、や、違う……! あ!」

 …それは嘘だ、と、思った言葉を飲み込んで、唐突にリュミエールから自分のものを引き抜いた。リュミエールが息を呑む一瞬の間に、その身を返して表向かせ、手を付いて、真正面から見据えた。アイスブルーの目で。

 頬を真っ赤にして目元を潤ませ、自分を見詰め返す深海色の瞳に。

「……じゃあ、誰。」

 優しく、優しく囁いた。

 狼狽を隠しも出来ないリュミエールの腰を片手で抱え上げ、また挿入した。どこまでも奥深くへ。熱く滑るリュミエールの内側。

「はああ、ああ、んぁ…!」

 体重を掛けて最奥まで貫くと、白く柔らかな脚は天を向き、戦慄いてオスカーの脇腹に絡んだ。

 眉根を寄せて目を逸らそうとするリュミエールの、頭の下に腕を滑らせ、もう片手を軽く額に添えて促すと、その綺麗な目は再度開かれて自分を見詰める。

「オス、カー……」

 視線を合わせたまま腰を動かして抽送すれば、また瞳は潤んで新たな涙が溢れた。

「ひあ、あ、オスカ、」

「…ね。誰?」

 内に燃える暗い炎を押し殺したまま、優しく突き、優しく問い掛けた。

 赤く色付いて薄く開いた震える唇を、親指でそっと、撫でた。目を合わせたまま。

 

 自分のアイスブルーの目に釘付けられた深海色の目が、観念したように哀しみの色を帯びた。

 

「ごめんなさい。オスカー。ごめんなさい。」

 

 白い手が伸び、ただ無意識のままに誘導されて身を屈めたオスカーの首筋に、リュミエールが顔を埋める。

「ごめんなさい。オスカー。貴方が、好き。ごめんなさい。好きです。ごめんなさい。」

 力なく震えてオスカーの首に触れる、指。服越しの、背に添えられた掌。

 呆然とするオスカーの脳裏に、唐突に出会いからこれまでの幾百ものリュミエールの表情が蘇った。

『私を、見ないでください。』

 ……目を合わせれば、きっと貴方には、悟られてしまうから。

『私に、触れないでください。』

 貴方の手を密かに待ちわびる、この私に。

 眉を顰め、冷淡に、自分を責めるようなあの視線は、でも違う、そうではなくて、哀しみの。

 ゆっくりと身を翻し、自分の元から離れようとする、その唇が動いて、紡いだ言葉は、

『…ごめんなさい。』

「…ごめんなさい。貴方が、好きです、オスカー。ごめんなさい。」

 ベッドに埋もれ、自分の身から滑り落ちた手で顔を覆い、泣きじゃくる眼の前のその人の現実に戻って、爆弾を落とされたような衝撃を受けた。

 薬物を摂取したように身体が一気に火照り、繋がったままの局部が一層膨張したのが判った。リュミエールが涙に濡れた眼を見開いて息を呑む。

「リュミエール。馬鹿野郎。めちゃくちゃ、可愛い。反則だ。」

 水色の頭を抱え込み躰を抱き締めて、繋がった腰を動かした。ぬる、と熱い中の自分のものが滑る。

 愛したい。この人を。今すぐ。どこまでも果てなく。

「ひあ、あ、」

 甘い悲鳴の溢れる唇を性急に唇で塞いで口内を深々と犯した。舌を吸い噛んで責める。

 息苦しさに離れた唇を舐め、耳朶を噛み、乳首を指で摘んで責め苛み、抽送を続けながらリュミエールの前のものに手を伸ばした。濡れそぼった熱い塊を腰の動きに合わせて手の中で愛撫する。

「ふあ、あ、あ…!」

 達きかけたところを強く握り締め、

「……リュミエール。」

 限度を超えた快楽に朦朧とする瞳と、

「オスカ、ぁ……」

 自分を呼ぶ声に満足して、手を離し、自分自身の欲望も思い切り解放してリュミエールの最奥に叩きつけた。

「ひぁん、ぁ、あぁ…………!」

 白い躰が跳ね、熱い雫が肌を濡らし、中が熱く蠢いて、オスカーの快楽をもどこまでも引き出そうとする。耐え切れず低く呻いた。

 長く打ち震える解放の時間があって、余韻に何度か身を震わせた細い躰が、やがて力を失ってベッドに埋もれる。

 オスカーが躰の中から抜けてゆく感覚にもう一度震えると、瞼に覆われていた瞳がゆっくりと開いて、オスカーを見詰め、

「……ごめんなさい。」

 再び、呟いた。

 

 唐突な空間のねじれの感覚に、オスカーは咄嗟にリュミエールの躰を抱き締めた。

 二人の間を引き裂こうとする見えない力に逆らい、その本質を見極めようとしながら、気を張って自分の望みを強く願う。

 

 何処かからか落ちてきた気がしたが衝撃は全く無く、気が付けば、自分の邸の寝室のベッドの上で、腕の中には、水色の長い髪の、水の守護聖。

 

 戒める腕をゆっくり緩めると、水の守護聖はそろそろと顔を上げ、その真っ赤な、泣きそうな顔で自分を見上げた。

 ベッドの上で後退って身を引こうとする、その腕を捕らえて留める。

「待て」

 泣き出しそうになる水の守護聖の、長い髪の一房を掬って口付けた。

「約束してくれ。逃げるな。」

 泣きそうな表情のまま長い逡巡があって、やがてリュミエールは顔を伏せ、立てた両膝にその顔を埋め、両腕で縮籠ちぢこもった。

「…今、俺から離れたいと、そう、願ったな?」

「………」

 返事が無いのが何よりもの明確な肯定形だった。

「…あの空間を望んだのも、お前か?」

「………」

 震える躰はあからさまに怯えていて、可哀想になったオスカーが水色の頭を引き寄せ、優しく何度も撫でた。少しだけ警戒を解いて見上げる顔の、唇に触れるだけのキスをして、無言のままに促す。

「…意識したつもりは、なかったのです。でも、」

 そうなのだろうと思います、と、言葉にならない言葉が続いた。

「……ごめんなさい。」

 再度頬を伝う水の守護聖の涙を、舌で舐め取った。

「もう謝るな。俺も、」

 悪かった。今までどれだけ恐ろしい思いをしたのだろう。俺の冷徹な目に、悟られ、蔑まれる可能性に。

「嬉しいよ。お前に愛されることは。思っていたよりも、ずっと嬉しい。」

 この胸の中の、炎が熱く燃え上がるほどに。

 ぼろぼろ泣く水の守護聖を腕の中に収め、オスカーも気を抜けば涙が零れそうだった。水色の柔らかい髪に目元を埋め、涙の欠片を残す。

 しばらく思うままに泣かせ、やがて少し落ち着きを取り戻したリュミエールに、徒然にそれとなく問うた。

「……手紙の精霊が。迷い込んできて…。うっかり、宛名を読まずに、少し内容を開いてしまって……」

 …なるほど、と得心した。

 彼女らの、消えた手紙。

 そういう部屋が、あるのだと。具体的に対象がだれこれ、というものでもなく、ただあるらしい、とそれだけの話の遣り取りで、きゃっきゃと無邪気に盛り上がるだけの話だったようだが。

 とすると、空間の生成に女王候補達の力が無意識に作用していた可能性も否定できない。

 

 オスカーはベッドサイドに手を伸ばし、見慣れた置き時計のガラス面をこちらに向けた。

 時間の経過はほぼ体感通りで、まだ昼過ぎの早い時間帯だった。

 自分たちと唐突に分かれた彼女らは狼狽し、今頃は聖地の中を訪ね歩いているだろうが、本格的な騒ぎになるにもあと1時間ぐらいの猶予はあるだろう。

「オスカー……?」

 炎の守護聖の決意を感じ取ったリュミエールが、戸惑いながら無言で尋ねる。

 どうしたのか、と。

 どうするか、と言っても。

「決まってるだろ。部屋に閉じ籠って、セックスすんだよ。出してやらないからな。」

 腕の中に囲い込み唇を寄せながら吹き込んだら、水の守護聖の頬が真っ赤に染まるのが見えた。