「なんでっ! いきなり! 期末テスト前なんだよ!?」
「まあ、季節が季節だからな……」
憤懣遣る方無い叫び声が初冬の寒空に響き渡ったのは、テスト初日の1週間前。
「飛び級で大学院に進学したんじゃなかったっけ? ゼフェルってば」
「うっせえ。知らねぇ。どこ設定だよそれ。」
物理化学と技術系はともかく、数学は興味のある所だけ、文系科目に至っては大の苦手だったりする。実は。
「傍線部Aの吾郎の発言は何を意図したものか、あなたの同様の経験を踏まえて100字以内で論じなさい。とかマジ知るかっつうの。マジ本気でどうでもいい。」
「だから貴方は自分の気持ちを上手く他の誰かに伝える事が苦手なんでしょうかね」
「あーヤダヤダヤダヤダうるせーんだよ、ほんっとでえっきれーそういうの」
と字面の上では相当な悪態をつきつつ、自分の事を思い遣ってくれての発言と理解できる同級生相手には口撃もつい緩む。あ、けど同級生って言うんならあの髪ボサランディ野郎も同級生。
当のランディはといえば、グラウンドへ目を遣ると跳ねた髪を尚更乱して(…)サッカー部の部活動に勤しんでいる最中で、寒空の中ボールを追って元気に駆け回っている。アーチェリー部も掛け持ちしているとかで、忙しいことこの上ないようだ。で、期末テストの対策はばっちりなのかと言えば、きっと全くそうではない。
「逃避とかじゃなくって、なんにも考えてねぇだけだよな」
「……あながち否定できないよね、それは」
最年少マルセルにもがっつり保証されてしまう始末。
「じゃ、俺も部活に行ってくるか。」
こちらはおそらく、それなりに考えていてそれなりに対策しているらしいオスカーがそう言ってドアへ向かう。フェンシング部だそうだ。
「勉強でも運動でも俺を応援してくれるレディたちを失望させる訳にはいかないたらなんたらゆーんだろ」
「よく判ってるじゃないか、ゼフェル」
ブレザーの内のネクタイを片手で緩めながら振り向いて余裕の笑みを浮かべ、オスカーは生徒会室から出ていく。
「そうだ、後で天文部の部室に行く。」
顔だけ覗かせ、そんな言葉を残して改めて立ち去っていった。
「…わたくしたちも天文部に顔を出しましょうか」
「そうですね! 僕も行きます!」
「おめーら、部活は?」
「文化系はテスト1週間前から部活動が休みとかで」
「あー」
「希望者は自主的にいつも通り活動しているようですが。セイランなどは今日も美術室にいると思いますよ。」
リュミエールはセイランと同じ美術部、マルセルは園芸部だ。ちなみにゼフェルは学校の一室を勝手に使っている、人呼んで技術部。といっても正式な部活動としては申請していないので、部員はゼフェル一人。
「並んで歩くなっつの」
廊下を歩きつつゼフェルが嫌な顔をして横のリュミエールを見上げ毒づくと、リュミエールは小さくくすりと笑い、黙ってゼフェルの少し後ろに移動した。
とはいえ、とゼフェルはふと思った。
今や同級生となったその相手は、それでも自分より高身長とはいえ、見上げる高さが以前より低くなっている。それが高校2年の彼の年相応の身長らしかった。
天文部の部室内には顧問の教諭がひとり、居ただけだった。
「こんにちはー! お邪魔します!」
「お疲れ様です、エルンスト。」
「助手の連中は?」
「………………皆、何だかんだと学校の仕事が忙しいようで。」
「ふーん」
含みのあるエルンストの中途半端な沈黙を聞き流しつつ、ゼフェルはそこだけよく見慣れたコンソールと居並ぶモニター類を覗き込んだ。
宇宙のあらゆる天体の運行が、所狭しと表示されている。そこだけは、以前と変わらず。
隅から隅まで時間を掛けて丁寧に眺め倒した挙句、ゼフェルは目を閉じて肩をがっくりと落とし、深い深ーい溜息を吐いた。
「めっちゃ、安定してんなぁ……」
「めっちゃ安定しております。」
いささか自棄気味にエルンストが返す。
「宇宙のどこでもいーから妙な徴候でもあれば、文句の付けようも対策の立てようもあるってのに、これだけ安定されちゃあ切迫感が全っ然出ねぇっての……」
「本来なら、宇宙の安寧は喜ばしいことではあるのですが……こういう事態の下では、何とも…………」
「そう? 僕、今の生活もとっても楽しいよ?」
容姿だけは少しだけ大人びたものの、これまでと変わらず無邪気に心の底からそう言っているらしいマルセルを横目に見て、高2生のリュミエールが穏やかに苦笑した。
14で聖地に招聘され、高校生活というものを体験せずじまいであったのだし、高校1年生という最低学年とはいえ、年齢的にはこれまでよりも幾つか上の設定になっているのだから、ちょっとした大人気分は尚更嬉しいのだろう。
淡い冬を迎えつつあったある日、目が覚めたら、いつもの聖地が何故かまるっと高等学校になっていた。ただただ、その事実だけが厳然として存在した。
もちろん当初は高校中が(つまり聖地中が)大騒ぎになったものの、今改めて見たように宇宙中の星の運行がこの上なく順調であることが確認されると、その他にはこれといってこの状況を惹き起こした手掛かりになりそうなものは何もなく、そうなればいくら理事長のジュリアスが青筋立てようが
「……後は、なるようにしかなるまい。」
と冷めた声で言うクラヴィス校長の言う通りでしかなかった。
女王・女王補佐官、守護聖、協力者、研究員、女官に使用人、とにかくにも聖地の全員の無事が確認されはしたものの、各人各様に謎の設定らしきものがあり、高校の生徒か教師か職員か、購買のおっちゃんか食堂のおばちゃんか寮の管理人か料理人か(全寮制の高校だった)、しかもその設定年齢に従って各自の容姿や身長体重までが微妙に変化している有様だった。
「エルンスト、先生で良かったねぇ。クラス担任も無いんでしょ?」
「全くです……星の観察をこうやって随時続けられなければ、不安でたまらずに学業も教職もあったものではなく…………」
とはいえその観察対象であるところの宇宙の星々はといえば、この事態が始まってからというものずっとこの上なく調子良くくるくると廻り続けていて、なんだかこぞって一斉に陽気に歌い踊っているかのようなご機嫌さ加減がその動きから滲み出るかのようであった。
「…そうですね。こうとなってしまえば、もはやクラヴィス校長先生の仰る通り、当面はなるようになるとしか考える他にありませんね。」
上方の大きなスクリーンを見上げながら、穏やかな顔で呟くリュミエールのそんな発言に、
「校長先生て。のりのりやないかー。」
ぺし、とマルセルがリュミエールの肩元に片手で軽い裏拳を入れた。のりのりは君ではあるまいか。
引き続きこの部屋で星の観察を続けるエルンストに慰労と一時の別れの挨拶を告げ、
「さて。そうと決まれば、一度校内を見回ってみましょうか。」
「そうだね! 最初にあちこち案内してもらうの、毎回のお約束だもんね!」
「だから! 何設定なんだよ、おめーら!?」
意外と往生際が悪いゼフェルの声を背中に受けつつ、一団は歩いて移動を始めた。